病気のプロフィール

2004年6月中旬左胸だけ大きくなる。2週間と待たずに赤く2倍の大きさに。
2004年7月上旬おみくじで大凶を引き病院へ行くことを決心。どこへ行っても乳腺炎と診断されるが一向に快方に向わず。
2004年8月下旬4番目の病院にて乳がんと判明。29歳での告知。浸潤性乳管がんのVb期。病巣が大きいため抗がん剤治療(FEC療法5クール)をうける。
2005年1月上旬手術 左乳房切除、リンパ節郭清。病理結果により炎症性乳癌と判明。リンパ節転移29/35 VC期。ホルモンレセプター、ハーセプテストともに陰性。
2005年1月下旬放射線治療始まる。50グレイを25回に分けて照射。
2005年3月下旬抗がん剤治療(タキソテール 6クール)開始。
2005年7月下旬タキソテール6クール終了。以後経過観察。
2005年12月17日ハミングバード、天国へ旅立つ。

詳しくは100の質問を見てね


家署名の件ペン


皆さんにお願いした署名が39,081名分集まり、先日5月10日に尾辻厚生労働大臣へ要望書と共に提出されました。 署名にご協力いただいた皆様、また趣旨をご理解してくださった皆様、どうもありがとうございました。 詳しくは下記のページをご覧ください。
http://home.s00.itscom.net/777/kaigo/



2005年10月14日

夢に現れる動物たち

昨日、読み聞かせの集まりで『スーホの白い馬』を
聴かせてもらった。この話はモンゴルの民話で確か
私は教科書で習ったような気がするのだけど、記憶
が定かではない。

モンゴルには馬頭琴という楽器があって琴の一部が
馬の頭の形をしているのでそういう名前がついたそうだ。
『スーホの白い馬』はその由来について書かれている。
以下はあらすじ。

モンゴルに住む貧しい羊飼いのスーホは、ある時、白い子馬を拾った。
二人は兄弟のように仲良く育ち、いつしか子馬はみんながうっとりする
ほど立派に成長していた。
ある時、王様の競馬大会にスーホと白馬が出場し、優勝した。優勝者
は王様の娘のお婿さんになれるのだ。しかし貧しいスーホを見た王様
は約束を守らず、スーホを家来たちにさんざん殴らせたばかりか白馬
までも取りあげてしまった。スーホを恋しく思う白馬は王様の元から逃
げ出すが追手の矢を受けて負傷し、スーホの家まで来るとそのまま死
んでしまった。
悲しみにくれるスーホの夢に死んでしまった白馬が現れ自分の骨や皮
を使って楽器を作って欲しい、いつまでもそばにいてスーホを慰めます
と言う。スーホは白馬の言うとおりに楽器をつくり、それが馬頭琴となり
ました。


スーホと白馬のお互いを思う気持ち、特に死んでからも
スーホのそばにあり続けようとする白馬の姿はいつ読ん
でも心を動かされます。

私も以前、こんな夢を見ました。

当時、とてもつらいことがあって悲しい気持ちで過ごして
いる時期がありました。すみません、時期といっても・・・・
日数にしたら4、5日じゃないかと思うのですが、問題は
時間の長さではないのですーー。とってもつらかったの
です。悲しくて悲しくて心がぎゅぎゅっと小さくなって冷え
てしまったような、自分がこの世でたった一人のような
そんな気持ちだったのです。

すると、15年も前に死んでしまったインコが夢に現れました。

(なんだ、お前死んでいなかったんだね)
(よかった会えて嬉しいよ)

忘れていたわけではないけれど、すっかり記憶の片隅に
住んでいたインコと私は夢で遊びました。そして目が覚め
ました。

(ああ、夢だったのか)

とまた寂しさが迫ってきたその時。
寝ている私の右肩で夢の中と同じように羽をばたつかせて
遊ぶ鳥がいたのです。感触も夢と同じでした。姿は見えない
けれど、そこにいる!

(もしかして死んでからもずっと側にいたの?)

(私が忘れてしまっている時も側にいてくれたの?)

(こんなに小さいのに私を守っているのね)

(ありがとう ありがとう ありがとう)

私が一人だと思うときも常に誰かが見守っている。
手助けはなくとも見守る目があればそれだけで力
になる。それだけでこんなに心が安らぐのだな。

私は小鳥との再会でそう思うことができたのでした。
小さな鳥に大きな愛を教わったのでした。













posted by ハミングバード at 18:21| Comment(8) | TrackBack(0) | 夢としりせば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月25日

夢か現か

昔話が続いておりますが思い出した時に書こうと思います。

私の幼年期はとってもとっても暗かった。

いじめられては泣き、いじめられなくても何かされるのでは
と泣く。保母さんに訳を問われれば「悲しくて」と答えるだけ。
新人保母さんを一人ノイローゼにしてしまうところだったらしい。
2年間の幼稚園がとても苦痛だった。皆と話をするのも難しく
感じたし、わあわあ騒いでいるのを聞いているのも嫌だった。
お家で静かにお母さんと一緒にいたい。ただそれだけ。

幼稚園が嫌で嫌で休み時間には一人でいつも廊下の端の
非常口についている背の低い窓から外を眺めた。ある時その
窓から一面の菜の花畑が見えた。昨日までなかったはずな
のに。私はその時不思議に思うことなくその美しさをただ喜
んだ。明日も絶対見るんだとその時は張り切って幼稚園に
行った。次の日その花畑は消えていた。
えーとあの世を見ちゃったかな?お寺さんが経営してる幼稚
園で住職さんが園長さんだったし。というのは冗談で、帰りた
いあまり幻覚でも見たのかもしれない。

こんな私だったから今から話すお話は夢か現か分からない。

卒園式のことだった。
その日はどの子も特別な日だと感じていたに違いない。
私も「今日は最後の日なんだ。だからちゃんとしなくては」
という思いがあった。そして前からやろうと思っていたこと
を実行しようとした。

それは誰かに話しかけること。

私が幼稚園でおなじ園児に自ら話しかけたという記憶がある
のは卒園式の時、一回きりなのだ。先生にだって何か言うの
は稀。いつも話しかけられてやっと話すくらいだった。それは
どこかおかしいことだと幼心に分かってはいても私にはとて
も難しいことのように思えたのだ。

その日はみんながベテラン保母さんのK先生お手製のフェルト
で作られたマスコットをもらって喜んでいた。デザインは皆違っ
ていた。私はお隣のK君に思い切って言ってみた。

「ねえ、それ、かわいいね。とりかえっこしようよ」

「ええーー?!やーだよっ」

その一言、ただそれだけ。

(出来た。出来た。出来た。出来たーー。)

(普通におはなしできたよ。なんだ簡単じゃん。いじめてこないじゃん。
仲良くできたよ←(?否定されてるのにね))

そうやって喜んだのもつかの間、すぐに自分の2年間がいかに
無駄だったかを悟り私は落ち込んだ。

(あんな簡単なことができないなんて、私ってなんてダメだったの
だろう。バカ、バカ。どうしよう。恥ずかしい。恥ずかしいよぉ)

でもそれを言葉で表現するには私は幼かったのだ。誰に言うこと
なく悶々としていた。

そしてここからが夢か現か分からない話なのだが、あれは小学校に
入学する前だったから卒園式が終わって間もなくのことだったろう。
家族でドライブに出かけた。その日はとても霧の濃い日だった。
目的地に着いて車を降り、家族四人で森の中へ入る。しばらくして
吊り橋に差し掛かった。折からの霧で橋の下の川さえ見えない。小
さな私にはその吊り橋がとてつもなく高いところにあるように思えた。
そこで母に問うてみた。


「ねえ、ここから落ちたら死ねる?」


私は死んでもう一度、幼稚園をやり直したかった。
生まれ変わりや何かをその時知っていたとは思えない。誰かに聞いた
としても理解できなかったろう。ただただその時は死ねばもう一度やり
直せるものだと思って言った。

それを聞いて烈火のごとく怒ったのは母である。

「そんなことを言う子はここから落ちてしまいなさい!!」

滅多に叱られたことのない私は、そのショックと落ちたら母に会えなく
なるのだという直感から、すぐに死の恐怖を理解した。

(やだやだやだ!お母さんっ見捨てないで)
(もう言わないから、怒らないで)
(小学校でがんばるから捨てないで)

記憶はそこまでである。

死ぬことは諦めた私であるが、その後、自分を変えるのは至難の業だった。
思うように人と話せるようになるのに4年。人前に出ても物怖じしなくなるのに
5年かかった。

母に吊り橋のことを訊いても覚えていないと言う。
それでもあの時の寂しげな情景、そして恐怖と決意は忘れられないものなの
である。人は現にだけ生きるすべを見出すのではなく夢の中でもまた成長で
きるものなのかもしれない。




長〜い昔話に付き合ってくれてありがとう。
posted by ハミングバード at 18:06| Comment(12) | TrackBack(1) | 夢としりせば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月13日

☆夢バトン☆

easyさんが夢バトンをみんなに手渡してくださったので
早速私もやってみました。



〜夢バトン〜

Q1 小さい頃何になりたかったですか?

インコ

羽があって、空を飛べて、温かでふわふわして可愛くて。
とにかく好きだった。


Q2 その夢は叶ったですか?

無理でした・・。だからナウシカがメーヴェに乗って
空を飛んでるのがうらやましかった!

数年前まで生まれ変わったら鳥になりたいと本気で
思っていた。今は木になりたい。そうしたら鳥も住め
るし、木の実はごはんになるし。


Q3 現在の夢はなんですか?

富士山に登ること


Q4 宝くじで3億円当たったらどうしますか?

家を建てる。
コーヒーテーブルとかソファの置ける図書室と楽器が
ひける防音室。あと小鳥専用の部屋つきで。冬は庭に
野鳥用のえさ箱を作りたいから、住宅街は避けたいな。
鳥が集まると近所の人が迷惑なんだよね。

後は使い道が決まるまで貯金。(夢がないなあ・・・。)


Q5 あなたにとって夢の世界とはなんでしょう?

現実世界で処理し切れなかったことを処理する場所。

時に救いになるけれど、時に厳しい現実を見せ付けら
れるシビアな所。

どこかへ通じる門というかどこまでもつながってる
地下水脈。


Q6 昨日見た夢はなんでしょう?

くじらが海岸まで押し流されてきてしまうような大嵐の中。
私は大きな船に乗っていた。船客のような乗組員のような。
とにかく中には仲間がいっぱい。荒れているけど空は明る
くて海もエメラルドグリーンで結構綺麗。そして船の上には
主治医K先生の姿も・・。気がつけば先生が荒れた海の中
にいるじゃないの!!

「いやあーーーーっ!先生がーーー!!」

ドボーン。助けるつもりで海に飛び込む私。

そうしたら先生、あっさり船に乗っちゃった。

「あらー?」

はっと振り返ると大波が・・・・・

ダパパパーン ザバアーッ

一人ずぶ濡れになりました。そして仲間たちに怒られた。

「バカか、お前わー わー わー」(みんなの声のこだま・・)


Q7 この人の夢の話を聞きたいと思う5人だれですか?

私もeasyさんと同じく、みんなの夢をききたいです。
これを読んでやってみたいと思う方は是非どうぞ。

TBやコメントでお知らせいただけるといいな。

あとブログをやっていない方で私も〜!と思う方は
コメントに書き込んでください。さっき実験したら私が
書いた文でもコメント欄に入りきったから大丈夫です。





















posted by ハミングバード at 14:50| Comment(16) | TrackBack(3) | 夢としりせば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月28日

今日、海の夢を見た。

見知らぬ子どもたちと海にいて、私は小さな男の子を
だっこして一緒に歌を歌った。男の子は温かだった。

うーみーはひろいな おおきいな

つーきーがのぼるし ひがしずむ

大きな大きな声で歌った。
海はもっともっと大きかった。
気持ちが良くて、涙が出てきた。


朝起きたら、気分が良くて、体が軽かった。



海の夢は健康のシンボル。
病気の人は回復に向う。

また海は潜在意識を、海辺は表層意識を表すともいう。

水はその人の心を表す。














posted by ハミングバード at 22:37| Comment(9) | TrackBack(0) | 夢としりせば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月03日

ナイトメア

悪夢を見ることがあるでしょう。
意識のバリアーがない分、その恐怖は覚醒時の何倍にも
感じられますね。悪夢の逃げ場は現実です。普段あなたが
嘆き、溜息をつく現実世界が今度は安寧の場となるのです。

ある夜、私の夫が悪夢にうなされていた。

うううううう。
うあああああ。

しぼりだすような声。その声には本物の怯えがある。

「おきて、起きて」  ユサユサ。

と親切心から起こしたところ、まだちょっと寝ぼけている。

はっとして私を見るその目には恐怖の色。

ガツ、ガガガッ。

「キャアッ」

突然、殴られた。
私の悲鳴で我にかえった夫は平謝り。
なにやら恐ろしい夢を見ていて私を夢の中の敵だと思ったらしい。
ねえねえ、その夢、私の夢だったんじゃないでしょうねえ。


翌日、また同じようにうなされている。

また起こしてなぐられたら嫌だなあ、と思いつつも可哀想なので起こす。
今度は目を合わせるまい。

「おきて、起きて」  ゆさゆさ。

(はっ、やばっ目が合っちゃった!)

ガツ、ガガガッ。

「キャアッ」









今度は頭に噛み付いてきた。


イテテテテテ。
怯えるにも限度があるぜっ。




posted by ハミングバード at 07:48| Comment(6) | TrackBack(0) | 夢としりせば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月22日

ご不浄の夢

お昼時にごめんなさい。お食事がまだの方は後ほどご覧に
なってくださいませ。

トイレの夢を見る。
そして汚物で足やら服やらを汚してしまう。
うわあ〜と思いながら目が覚める。

でも大抵その夢のあとはちょっとしたお小遣いが手に入る。
大体500円〜5000円といったところか。(そう、よく考えて
みると大金ではなかった)学生時代はその夢のあとはお小
遣い日じゃないのに必ずお金が手に入った。

社会人になってからはその手の夢はとんとご無沙汰であった。
もうお小遣いをもらう年ではないのだから当然か。
営業になって4年ほどした頃、久しぶりに汚物の夢を見た。
「久しぶりに見たなあ。」くらいであまり気にせず営業に出た。

営業車にのって田舎道を走る。畑や家が込み入っているいつもの
近道に入ろうとすると、反対車線に車が二台停車していて、営業風
の男の人たちが道に立っている。あまり見ない光景だった。前方に
視線をもどすと道の真ん中に黒くて大きなゴミ袋。

脇を通り過ぎようとしたらとごみ袋じゃなくて人でした・・・。
あわてて車をとめて近寄ると顔中、脂汗のおじいさん。スクーター
も転がっている。はっとして後ろを振り返るとさっきの人たちは
車に乗り込んで去ってしまうところだった。
ちょっと、ちょっとお〜あんたたちがひいたんじゃないでしょうねっ。
と思いつつもまずはおじいさんが優先。

「大丈夫ですかっ。どうされました。」

「転んでしもうたんじゃあ〜」と頭から血を流しながらふるふる。

道の真ん中じゃ危ないので道路わきにて話を聞くと朝から具合が
悪かったのにお友達のおうちに行きたくて無理してでかけたら
自分から転んでしまったらしい。(家から700mくらいの所で
・・そこまでして遊びたかったのか。かわいい♪)さっきの男の
人たちはどうしようか迷ってたみたい。まずは助けようよ。

頭はハンカチで止血して、とりあえずおうちに送ることにした。
家の人は出かけて誰もいないらしく、これは私が病院に連れて
行ったほうがいいかなと思っていたら、軽トラに乗ったお兄さん
登場。

「○○のじいちゃん!どうしたあ?」

どうやら知り合いみたいだ。
理由を話すと、おじいさんの近所に住む親戚のおばさんたちを
呼んできてくれるという。おじいさんは具合も悪いし私が家に
送っておばさんたちには家に直接来てもらうことにした。

家に着いてしばらくしたら親戚のおばさんたちがやってきた。
おじいさんも家に着いて安心したのかちょっと顔色がよくなった。
後のことはおばさんたちにまかせて仕事に戻ろうとすると、後ろ
から超ストップモーションでおじいさんが追いかけてきた。
ひいっ、また転ぶから!と駆け寄ると私にお礼を渡そうとする。

「わあ、大したこともしてないですし、いただけません」

と断っているとおばさんたちもやってきて、やれ受けとれだの
名前は住所はと迫られ、数分後。私の手には福沢諭吉が握らさ
れ、しぶしぶ名前と電話番号も教えていた。

その週末、おじいさんとその一家が我が家に大量のお菓子を
持ってお礼にきてくれた。おじいさんも元気そうだったし、
頭のキズも大したことはなかったようだ。

おじいさんのくれたお小遣いで営業所にはお菓子を買って帰った。
こういうあぶく銭は(全額じゃないけど)人のために使うことにして
いる。というか、営業中だったしね、その間、仕事してないわけだし
ね。当然だよね。

汚物で体を汚す夢は思わぬ利益にあずかる夢と昔から言われている。





posted by ハミングバード at 12:14| Comment(6) | TrackBack(0) | 夢としりせば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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